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カテゴリ:[ 子供/学校/教育 ]


69件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[69] 第11回ゼミ報告

投稿者: 高田 投稿日:2017年12月11日(月)12時20分6秒 203-165-65-180.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

OB・OGの皆さま、こんにちは。
遅くなってしまいましたが、12月9日に個人発表を2つ行いましたので
ご報告させていただきます。

まず服飾チームですが、グリム童話からみる服飾ということで
『赤ずきん』の「赤」が象徴しているものの考察でした。
主張は「グリム童話の赤ずきんの赤の象徴について、神への信仰の教えという宗教性と民話伝承が融合しているのではないか。」
反論として、
赤を身につけることは非常識なものを表しているということからまだ未熟な赤ずきんとリンクしているのではないか、宗教性や民話伝承だけでなく教訓や警告といった面も含まれているのではないか
といった意見が出ました。
フロア側の勝利となりましたが、フロア側だった私個人としてはもっと情報を集めて
議論を活発にできたら良かったと反省しております。

つぎは芸術史チームです。アルトドルファーの絵画から、彼が考える自然の本質とは何か
ということを議論しました。
主張は「≪聖ゲオルギウスのいる風景≫でのアルトドルファーの風景表現は接写的で微視的である。?その理由は、彼が鬱蒼としたドイツの原生林をメインとして、その中で、自然の本質は葉の一枚などのより小さい植物の活力に現れると考えたからである。」
反論として、自然の本質は森の「動き」で風の騒めきや太陽の光をも遮ってしまう程の存在感を示す、自然の現象や状態の「動き」も見る人に感じさせたいからなのではないか、
絵の光源による明暗で森に一体感が増し、葉の一枚一枚というより森という全体的な部分が本質なのではないか、
この鬱蒼とした森の背景が通常の視界で見える範囲よりはるかに高いところまで描いていると思ったため
カメラのない時代の絵に、カメラ的な視点を見出すという意味で言えばこの作品は接写的というよりも広角レンズで風景を切り取ったように見えると思った。その点から自然の本質とは葉の一枚いちまいというよりはそれが密に集まった木やまたそれがさらに集まった森なのではないか。
といった意見が出ました。
エネルギーの表し方は様々だが、アルトドルファーの表し方は一枚一枚丁寧に描くことである
ということで発表者側の勝利となりました。


以上で報告とさせていただきます。
寒さが本格的になってまいりました、ご自愛ください。




[68] 後期第10回ゼミ報告

投稿者: 古矢 投稿日:2017年12月 3日(日)11時00分42秒 61-24-157-140.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

早いもので、もう師走となりましたが、いかがお過ごしですか。

後期第10回目のゼミ報告をさせていただきます。
今回は個人テーマの音楽と城の発表がありました。
まず音楽チームですが、
前回の発表で取り上げていたアントニオ・サリエリを引き続き取り上げ、彼の代表作であるフランス語で書かれたオペラ『タラール』と、それをイタリア語に翻訳し上演された『オルムスの王アクスール』について、論文を読み解き、そしてなぜ2作品の間で改変がおこなわれたのか、その理由が述べられている筆者の主張に対し発表者の主張をたてました。
「筆者はこれらの2作品の間で改変が行われた理由として、当時、まだ貴族の力が強く貴族批判の色濃い作品は上演が難しかったこと、そしてサリエリがヨーゼフ2世のもとで成功を収めていたがため皇帝に対し反感を持っていた貴族から守るためにも改変は必要だったことを挙げ、主張としている。
この主張に対し、「啓蒙思想や暴君と善良な兵士の闘争といった反貴族的な要素のある作品よりも、救出劇の性格を押し出してウィーンで売れる作品にする必要があったことが最も大きな理由である。」と発表者は考え、主張とする。」としました。

救出劇の性格を押し出すとはどういうことかということが議論の中心になりました。
プロローグを含む神々の場面のカット、夫婦の場面の挿入、啓蒙主義的考えをカットしたことで本筋をはっきりさせることになりそれが救出劇の性格を押し出したということになりました。
そこから、皇帝ティートの慈悲などの例を出してオペラセリアがウィーンで好まれていたため改変したのではないか。
ウィーンの宮廷に所属している作曲家である以上まずウィーンの宮廷に対する配慮が先にあったのではないか。そして啓蒙的考えのカットなどをしてその中で救出劇の要素を押し出したのではないかという反論が出ました。
安達先生からは、この改変は神々がいなかったり、バロックオペラをロココオペラにしたような近代的になる改変とも言え、政治的な後ろ向きな理由だけではないというご意見をいただきました。
こちらの発表は発表者の勝利となりました。

続いて、城チームですが、
ブルクが衰退してシュロスに移り変わっていくことに注目して、ブルクの衰退の背景について考察しました。

「ブルクは攻城武器の変化と住人が城へ求めるものの変化により衰退したとされているが
城がただの防御施設としてではなく行政や生活の拠点となり、城主や貴族といった住人が住居としての快適さや権力誇示といったことを求めて変化していったことが最大の理由ではないか。」と主張しました。

それに対して、ブルクが衰退した14世紀から15世紀の時代背景も踏まえて資源をめぐる争いの変化にともなった外交の変化、具体的には戦争ではなく貿易で資源を獲得しようとする情勢があったことと、ルネサンス文化の興隆により現世での幸福をもとめる世俗主義的な思想が貴族層に広まったことがブルク衰退の理由だと言えるのではないか。
戦争が落ち着いて来ていて命が脅かされる可能性が減ったから出てきたゆとりがそもそもの原因ではないか。その前提がなければ命を守るために住みにくい住居に住み続けたと思われるし、貿易などが盛んになったことも理由ではないかという反論出ました。
安達先生からは、攻城武器の発展で城の防御機能はもう限界に達していた。建築様式は職人が移動してくるため伝播するもので、今の人が一度楽を知ってしまうと昔に戻れないのと同様に一度シュロスの生活を知ってしまうともうブルクには戻れなかったのではないかというご意見をいただきました。
こちらの発表はフロア側の勝利となりました。

以上で報告を終わります。



[67] 後期第9回ゼミ報告

投稿者: 加藤 投稿日:2017年11月26日(日)22時08分53秒 116-65-209-109.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

寒くなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。昨日は個人発表・絵画を「アントワープ大聖堂主祭壇の≪聖母被昇天≫」というテーマで、また企画ゼミを「社会的弱者が公共交通機関を適切に利用するためにはどのようにすべきか」というテーマでディベートを行いました。


まず企画ゼミを「社会的弱者が公共交通機関を適切に利用するためにはどのようにすべきか」というテーマで、安達先生からのご提案によりゼミ生自身の体験を語り始めるところから議論を始めました。
そこで出た体験談やそれを元にした意見としては、
・スマホの普及で周りを見なくなった人が増えたと言えるのではないか。
・「お年寄り」だったら席を譲ればいい、というものではないと思った経験がある。また、その時に席を譲られる側にも配慮してほしい部分はあるとも思った。
・席を譲って感謝されたことがあり、コミュニケーションが取れるという意味では、席を譲ったり譲られたりというのは良いことだと思う。
といったものが挙げられます。
結論としては、優先席が1973年に「シルバーシート」という名称で導入されて以来、現在の「優先席」として今日に至るまでのあいだでかなり定着してきており、この席を頼りに公共交通機関を利用している方も少なくないだろうという理由から撤廃することはできず、したがって今ある諸問題を解決するためにはその運用方法を見直すべきだというところにまとまりました。
先生からは、ゼミ生が飽くまで自分が席を譲る立場という視点、つまり「配慮してあげる」立場でしか考えていないようだとの指摘を受けました。そして、不要不急なら「通勤のプロ」の邪魔にならないようラッシュアワー時の利用は避ける、とか、もし譲られたら必要ないと思っても素直にお礼を言って座るなどのように、社会的弱者の側でしてもよさそうな「配慮」があることは余り気付いていないようにも見える、つまり自分以外の他人についても考える「ゆとり」を持つことの大切さがこうした問題の根底に横たわっていると言えるのではないか、とのご助言をいただきました。


次に個人発表・絵画のディベートを行いました。
今回の発表の目的はルーベンスの≪聖母被昇天≫の二作品を取り上げ説明し比較し、アントワープ大聖堂の主祭壇のものについて考察する事です。

ルーベンスは≪聖母被昇天≫というテーマの絵を3作品描いているそうです。昨日の発表では1611年に描かれた作品と1626年に描かれたアントワープ大聖堂主祭壇のための作品が比較されました。
この作品の主題は聖母信仰が急激に盛り上がった13世紀頃から宗教美術の重要なテーマの一つとなりました。使徒たちが墓の傍らに座っていると、聖母の魂を携えた聖ミカエルを伴い、キリストが現れたといいます。そして、その魂が聖母の肉体に戻されると、聖母は自ら墓の外へ出て、一部始終を驚き見守る使徒たちに見送られ、天使とともに天に昇っていった、というものです。

1626年の作品は1611年の作品に比べて、正面から見る限りバロック絵画を代表するルーベンスの作品にしてはそれほどダイナミックでないように見えます。しかし実際に下から見上げると、6と9の円の部分を重ねたような上昇の渦が強調され、マリアがしっかり人々の上に浮き上がるのが実感できます。
地上にいる人物の中では、赤い衣を着た左下の男性が最も手前に見え、その人物の視線と手を伸ばした斜めのラインが際立っています。石棺を覗き込んだ人々が画面奥へ向かっているのも、それを補強していると思います。また、この二人とマリアの頭を結べばきれいな二等辺三角形にもなり、「上昇」を強調する仕掛けがいくつも見てとれます。
宙に浮かぶ天使たちは、画面上部のアーチに弧が一致する「球」を形成するように並んでおり、当然、その中心にはマリアがいます。マリアを頂点かつ中心にした、シンプルながら、説得力と力強さを感じさせる構図になっています。

以上を踏まえ、発表者は「バロック絵画はダイナミックな動きと躍動感を強調して描くのが特徴だが、1626年に描かれた≪聖母被昇天≫はバロックでありながらシンプルで柔らかに描かれ、バロックらしさはマリアの上昇を強調する構成で表しているように見える。其れは、豪華絢爛な神々しさではなくマリアを人間らしく表現したかったからではないか。」と主張しました。
これに対しフロア側からは、
・バロックらしさについて、マリアの手の位置や足を折りたたんでいるところなどで女性らしい動きを表現することで、被昇天を強調しているのではないか。
・ルーベンスがマリア様を描くのにダイナミックさや豪華さというイメージよりも、母性や癒しなどを感じられるような柔らかい雰囲気を表現したのではと思う。
・1626年の作品がバロックでありながらシンプルで柔らかに描かれている理由は、1618年から1648年にかけて勃発した三十年戦争などの荒廃した社会的背景から、絢爛豪華な絵よりも素朴で救いがもたらされるような絵が当時の人々に求められていたからではないか。
といった反論が出されました。
先生からは、ルーベンスは「昇天する聖母マリア」をなぜ「人間らしく」描かなければならないのか、その理由とは何か、また神に選ばれ処女でありながらキリストを生み、祝福されて昇天するマリア様が、どうして「人間らしく」描かれなければならないのか、その理由を述べるべきだとの指摘を受けました。
その点について発表者と先生のあいだで議論が盛り上がり、難しいところではありましたが今回はフロア側の勝利に終わりました。
しかしフロア側のゼミ生が聖母マリアとはキリスト教においてそもそもどのような存在なのか理解が浅かったため、沈黙が多くなってしまったことは最大の反省点だと思っております。

以上でゼミ報告を終わります。



[66] 第八回ゼミ報告

投稿者: 小川 投稿日:2017年11月19日(日)23時49分43秒 KD027092206237.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

11月18日のゼミ報告を行います。今回は祭りチームと警察チームの発表をしました。
祭りチームについて、目的といたしましては、祭りという儀式の概念がどのようにして生まれどのような性質をおびて今のようなものに至ったかを説明した後、仮面に注目しドイツの謝肉祭を例に挙げ祭りの根本的な部分を見る事で、主張といたしましては「人間と自然の共存において生まれた死の恐怖や神秘の概念が、善霊と悪霊の概念をつくった。そして呪術社会においてそれらを具現化させ人間と結び付けるために変装の手段が生まれた。そこで祭りにおける変装の中で最も重要な役割を担っているのは仮面だと考察し、仮面には呪術的要素すなわち人間と自然との関係が密である事が表れていると見なすと、現代にも続く祭りの原点は、自然と闘い自然と暮らした先祖の自然一体思想の意志の伝承なのではないか。」と主張しました。意見では、自然と人間は対立するもので一体にならないといった自然一体思想に対するものが多くありました。本来の祭りの本質は自然への祈りや感謝や畏敬の念であるが、現代は食料において飽和状態にある時代で時代錯誤が生まれ根本の思想が変わってしまっているので、意志の伝承という問題ではなくなってしまっている。という事で、祭りの原点の思想は時代によって変わってゆくので時代の違いに視点をおくと良いとアドバイスがありました。祭りの本質の意味を原初的理念の抽象論として捉えた所に反省点が見られ、今回はフロア側の勝利となりました。

警察チームについて、目的といたしましては、実際に運用する立場になる警察と強い関わりがある共謀罪について考察する事で、主張といたしましては「共謀罪は組織犯罪を既遂以前で取り締まるものである。しかし一方で、表現・思想の自由が脅かされたり、捜査対象が企業、組合、一般市民になることから職権の乱用、冤罪等の問題が生じたりする可能性がある。したがって、テロ対策を目的とした法案としては正しくない(議論の幅を広げる為アドバイスにより「不適合な」に当日変更)のではないか」と主張しました。意見では、何故十分な議論や説明無く共謀罪が強行採決されたのかの問題点を考慮すべき。という事や日本がキリスト教国及び欧米先進諸国のテロ対策国際協力網の一員に加わるための通過儀礼の色が強いのではないか。といった事。監視社会化の恐れやSNSの職権乱用所謂プライバシー侵害については、自ら進んで自己を世界に発信しているので捜査対象にされても仕方無い。といったものが挙げられました。テロ対策を目的とした法案としては不適合とすれば共謀罪は何において良しとするのかという質問では、やくざや暴力団等の取り締まりにおいてとされたが従来の法案で取り締められるとの意見が出ました。目先や一過性の議論ではないものをとのアドバイスを頂き、今回はフロア側の勝利となりました。
以上でゼミ報告を終わります。



[65] 第7回ゼミ報告

投稿者: 長部 投稿日:2017年11月14日(火)23時27分58秒 sp49-98-209-39.msd.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

寒くなって参りました。
いかがお過ごしでしょうか。

まず始めは、服飾テーマの発表でした。
左右分割されている意匠の「ミ・パルティ」について考察し、主張は「着用者の身分や職務により、社会的な所属と権力を表す一方で、負の精神性を反映した要素の矛盾した二面性を持っていた。」です。

主張の「矛盾」について、着用者が階級が違えど同じ服を着用者していたということは矛盾ではなく共通点として当てはまるのではないかという意見があり、今回はフロア側の勝利となりました。

もう1つの芸術史テーマではアルトドルファーがデザインした工芸品について考察し、主張「アルトドルファーの版画はドイツの金銀細工のデザインの近代化に大きく貢献した。?その理由は、鑑賞者や収集家としての視点を持ち、古代風デザインの需要を理解していたからである」でした。


デューラーなどの画家からの模倣もあるのではないか、近代的とは具体的にどのように貢献し、影響されたのか、古代風よりも画家の個性がデザインに反映されているのではないか等の意見が出、フロア側の勝利となりました。

読書の時間!最近はフランス文学どハマりでした。
ワイルドの「ドリアングレイの肖像」、スタンダールの「赤と黒」を読みました。卒論が忙しいと先輩がこぼしていましたが、題材がゴールディングの「蝿の王」についてとのことで、以前から読みたいと思っていましたが、ネタバレされてしまいました。暇な時に手に取りたいです。。



[64] 後期第6回ゼミ報告

投稿者: 高田 投稿日:2017年10月29日(日)14時41分20秒 203-165-65-180.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

OB・OGの皆さま

こんにちは、10月28日に2名が個人テーマを発表したため
報告させていただきます。

まずは音楽チームです。
18世紀にウィーンで宮廷楽長になったアントニオ・サリエリが生涯で作曲したオペラから、
彼が音楽史にどのような影響を与えたのかを考察した発表でした。
そこで、
「アントニオ・サリエリはウィーンでガスマンに師事し、グルックらなどの交流を経て主にイタリア・オペラを作曲し宮廷楽長として活躍した。
サリエリのオペラはのちにウィーンがジングシュピールの聖地になっていく過渡期で、ジングシュピールが発展していくための指標となるような作品であり、それが音楽史上に与えた最も大きな影響だ。」という主張でした。

フロア側からは
・ジングシュピールが発展していくための指標となった理由がサリエリの作品にあるなら、同時期のモーツァルトもジングシュピールの名作『後宮からの誘惑』『劇場支配人』『魔笛』をのこしていて、特に『魔笛』が音楽史上に影響しているイメージがあるので、サリエリが最も影響を与えたとは言い難いのではないか。
・モーツァルトの作曲したジングシュピエールが後世に広く伝わり、またサリエリはイタリア人ということから周りの派閥関係から、モーツァルトを持ち上げるような環境もあるため影響を与えたのはモーツァルトのほうではないか。
・サリエリは教育者でもあった。ベートーヴェン、シューベルト、リストなどの若い音楽家たちの才能を見出し育てた教育者の面が音楽史に与えた最も大きな影響なのではないか。
といった反論がありました。

サリエリは38歳で宮廷楽長になることができたため、少なくともウィーン及びハプスブルク帝国内における音楽界への大きな影響力を長い間持つことになり、そのなかでイタリア・オペラ、特にのちのジングシュピールに繋がっていくオペラ・ブッファを数多く作曲したそうです。これらの作品を超えようとオペラを書いたのはモーツァルトでしたし、サリエリに師事したベートーヴェンもそれらを乗り越えるために『フィデリオ』を作曲した際には師匠の推敲を拒んで発表したりしたそうです。作品として後世に影響を与えたのはサリエリだけではないかもしれませんが、その前にウィーンでジングシュピールが発展していく指標となるようなオペラ作品を生み出した彼が音楽的な影響を与えたのは間違いないと言えると思います。
よって発表者側の勝利となりました。


次に城チームです。
同じヨーロッパのイギリスやフランスの城とは違い、中世ドイツの城においてベルクフリート(塔)パラス(住居)が別々に建てられている理由があるのか、それは何かについて考察した発表でした。

そこで、
「ベルクフリートは古代ローマの監視塔から着想を得たものであり、フランスやイングランドなどの西ヨーロッパとは違って中世当時のドイツ人(ゲルマン人)にはベルクフリートに住むという概念はなかったのではないか。だからベルクフリートとパラスが離れている城が多かった。」と主張しました。

フロア側からは
・「ベルクフリートに住むという概念はなかった」ということではなく、元々監視塔だったベルクフリートに居住エリアを作るより、決まっている形はそのままに必要なものは別で作った方がいいと当時のドイツ(ゲルマン)人が思ったからではないか。
・ベルクフリートは監視塔で、主に戦闘や展望に用いる建築物で、既に役割が確定していた面もあり居住スペースを増築したりするのは安全面から考えて困難で、そこにスペースをつくる意味をなさなかったと考えられたためではないか
といった反論がありました。
根拠を示す資料が少なく発表者の想像による主張で、再反論もできなかったため
フロア側の勝利となりました。

この日のゼミではBBSに書き込んだ反論以外の意見がなかなか出ず
時間が多く余ってしまったり、沈黙の時間ができてしまいました。
司会と発表をした私としては、もっと情報と意見を用意して
うまく回せるようにするべきだと反省しました。

来週11月4日は桜麗祭のため、次回のゼミは11月11日となります。
それでは以上で報告を終わります。
朝晩の冷え込みも厳しくなってまいりましたが、お身体大切に過ごしください。



[63] ★ホームカミングデー

投稿者: 大トトロ 投稿日:2017年10月22日(日)20時48分22秒 113x40x217x118.ap113.ftth.ucom.ne.jp  通報   返信・引用

★OB・OGの皆様

来月11月3日文化の日に、文理学部ホームカミングデーが実施されますので、ご都合のつく方はぜひお訪ねください。詳細につきましては、下記のホームページの案内をご覧ください:

http://www.chs.nihon-u.ac.jp/chs_koyukai/homecomingday/

この機会に皆様と再会できますことを願っております。

★すぐに別のトピが立ってしまいましたので、念のため再度ご案内をアップしました。



[62] 後期第5回ゼミ報告

投稿者: 加藤 投稿日:2017年10月22日(日)17時50分37秒 59-166-189-185.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

皆様いかがお過ごしでしょうか。本日は個人発表・絵画を「マリー視点から見た≪アンリ4世へのマリーの肖像画の贈呈≫」というテーマで、また企画ゼミを「脱原発」というテーマでディベートを行いました。

まず最初に個人発表・絵画からディベートを行いました。
今回の発表の目的は、前回取り上げた≪マリー・ド・メディシスの生涯≫の中の4作品目である≪アンリ4世へのマリーの肖像画の贈呈≫に焦点を当てて、当時の結婚観を踏まえて考察する事です。

この絵にはモーツァルトのオペラ『魔笛』に登場する王子タミーノのように、肖像画のマリーに一目惚れするアンリ4世が描かれています。愛の神キューピッドがアンリ4世に付き従い、結婚の神ヒュメナイオスが、マリーの絵姿を未来の夫でフランス王たるアンリ4世に紹介しています。画面上部には雲に乗ってアンリ4世を見下ろす全能の神ユピテル とその妻ユノ が、二人の結婚生活が幸せに満ちるであろうことを鑑賞者に約束し、この結婚を祝福する様子が描かれています。アンリ4世の背後に立つ女性は、擬人化されたフランス王国の化身で、その左手は将来のアンリ4世の王権に対する称賛を支持し、分かち合うことを示唆しています。

では実際、マリーの結婚生活はどのようなものだったかというと、1600年、彼女は27歳の時に前妻マルグリット・ド・ヴァロワと離婚したばかりのアンリ4世に嫁ぎました。しかし、これは国の財政が逼迫していたためにアンリ4世が15万ポンドもの持参金を目当てにした政略的婚姻であったそうです。アンリ4世の女好きは有名で、生涯で56人もの愛人がいたともいわれており、夫が留守がちなことに加え結婚当初フランス語が喋れなかったマリーの王宮での暮らしは孤独感が付きまとっていたといわれています。

以上を踏まえ、発表者は「ルーベンスは画中でアンリ四世を、マリーの「身代わり」に一目惚れさせる形で描く事で、政略結婚後のマリーの孤独な結婚生活を幸せに満ちたものとして置き換えようとしたのではないか」と主張しました。これに対しフロア側からは、
・ルーベンスは「肖像(=身代わり)に一目惚れをさせる」という構図がもつ高貴な結婚のイメージと、絵の中の登場人物の視線をマリーの肖像に集めることでこの絵を見る人にマリーの人望や威光をアピールするために、このような描き方をしたのではないか。
・。恋をするアンリ4世という架空の世界で、さらにフィクショナルなマリーの外面の肖像という二重の虚構を描くことで、風刺的な寓意を表現したのではないか。
といった反論や、肖像画を「身代わり」と表現していることに関する質問が多く出されました。
先生からは、主張の「幸せ」という部分が非常に曖昧で、これは時代の価値観や状況によって変化するものなのでディベートで論じるのは困難ではないかとの指摘を受けました。また、現代のフランスでも専業主婦は働いている夫の方に生活費管理の主導権を握られており、生活費管理はほぼすべて妻がしている日本とはかなり異なっていることを教えていただきました。そして評決をとった結果、今回はフロア側の勝利に終わりました。


次に企画ゼミを「脱原発」というテーマで、
・そもそもなぜ、脱原発なのか、そして脱原発の結果、もたらされるものは何か。
を議論のポイントにすえてディベートを行いました。
このポイントについて、「3.11の東日本大震災での原発事故以降、そのようなことを意識するようになった。震災で事故が起きなければ意識することはなかったと思う」との意見がゼミ生全員から出されました。その上で、
・事故が起こった際の処理の労力・費用が莫大である。
・事故が起こると死傷者が出たり、周辺地域に住めなくなったりするなど長期に渡って大きな被害をもたらす。
などの理由で、「脱原発は進めなければならない」との認識がゼミ生に共通してあることが確認できました。

先生からは、まず原発を設置する段階でコストを抑えるためその土地に合わせた設計図が作られない、また仮に脱原発をした結果生活の質が後退することは避けられず、そうなることに社会が抵抗感を持っている上に実際に電気代が挙がることなどが想定され貧困者にはますます厳しい状況になることなどを考えると、社会全体では今の税金制度や原発に関する法律の見直し、個人の次元では今の生活を見直すといったいずれも根本的なところから対策を講じなければならないだろうとのお話を伺いました。

台風の接近もあり、強い雨や低気圧のために体調を崩されている方も多いようです。どうぞ体調にはお気をつけてお過ごしください。以上で今回のゼミ報告を終わります。



[61] ★ホームカミングデー

投稿者: 大トトロ 投稿日:2017年10月22日(日)13時20分58秒 113x40x217x118.ap113.ftth.ucom.ne.jp  通報   返信・引用

★OB・OGの皆様

来月11月3日文化の日に、文理学部ホームカミングデーが実施されますので、ご都合のつく方はぜひお訪ねください。詳細につきましては、下記のホームページの案内をご覧ください:

http://www.chs.nihon-u.ac.jp/chs_koyukai/homecomingday/

この機会に皆様と再会できますことを願っております。



[60] 後期第4回ゼミ報告

投稿者: 古矢 投稿日:2017年10月15日(日)15時47分2秒 61-24-157-140.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

めっきり涼しくなってまいりました。
OBOGの皆さまいかがお過ごしでしょうか?

後期4回目のゼミ報告をさせていただきます。
今回はチーム発表を2つ行いました。

先ず祭りチームです。
秋に行われるドイツの収穫祭と日本の農業まつりについて考察しました。
「ドイツと日本のどちらを見ても現在の収穫祭は観光イベント・産物の宣伝と販売などイベント色や商業色が強い。この収穫祭(農業まつり)をうまく利用することで観光客の取り込みや地域活性化、すなわち地域経済の活性化につながるのではないか。」と主張しました。
フロア側からは、収穫祭と農業まつりのみに特徴的に表れているものではないという意見や、観光客の取り込みをするには、広告や交通の整備など事前にかかる費用がかなりあり、金銭的な意味でもすべてのやりたい地域で出来るわけではないのではないかという反論が出ました。
安達先生からは、表面的に見すぎている。収穫祭、農業まつりが元々どういうものだったか考えること。地域をもっと大事にするべき。というお話をしていただきました。

次に警察チームです。
時事的に注目されている銃規制について取り上げ、銃の歴史と日本における銃規制の歴史から、銃規制が行われた最も大きな目的は何だったのか、考察しました。
「日本において銃規制は上層階級者が権力を示すための手段として用いていた」と主張しました。
フロア側からは、権力を示す手段というと少々広くなると思うが、私は自分たち(上の人)の身を守るため・反乱を起こしてくるような人たちを抑えるためなのではないか、などの反論が出ました。
安達先生からは、チームテーマの「警察」と「銃規制」は等価ではなく、ましてや「権力」との関係を論じるのはかなりピンぼけとの印象を受けてしまうというご意見をいただきました。
また、主張の上層階級者や権力が具体的に何を指すかというのがチーム内で擦り合わせがうまくできておらず、議論が盛り上がらなかったことも反省点です。

一年半ゼミに取り組んでいますが、チームでの発表は毎回なかなかうまくいかなくて反省することばかりです。
以上でゼミ報告を終わります。


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